一八六四(元治元)年四月、正木健が、この地にある天満宮の由来と寺子屋「群雀堂(ぐんじゃくどう)」を開いた正木(まさき)氏について記された石碑である。碑文によれば、町内の子弟は、千住四丁目の名主高梨信平に読み書きなどを習ったていたが、縁故を頼って屋敷内に住んでいた正木昌房に子弟教育が託された。この時、高梨家で祀っていた菅原道真像が昌房に譲られた。昌房の孫、健の時に祠を建ててこの像を祀った(碑文全文は『足立風土記資料金石文1 記念碑等』に所収)。この堂を高正天満宮といった。教育資料として、一九九〇(平成二)年一月一二日有形文化財(歴史資料)に登録された。碑の高さは一八二cm、幅は一二七cmである。