千住本(もと)氷川神社(千住三丁目二二番)

191 ~ 191

 素盞鳴尊(すさのおのみこと)を祭神として祀る。神社の創建について『風土記』には次のように記されている。

 氷川社 村持ナリ。當社ハ元牛田ニアリ、何ノ頃ニヤ水災ヲサケンガ為ニココニ移セリト。今モカノ地ニ社跡遺レリ。

千住本氷川神社は、はじめ牛田に創建された後、水害を避けるために現在地に移った。これは、古隅田川が蛇行する場所に鎮座していたため水害が多かったものと考えられる。『神社名鑑』によると、一三〇七(徳治二)年千葉氏によって、牛田に千葉山西光院(千住曙町)と共に創建され、江戸初期に現在地に分社を建立という。さらに、明治末年から始まった荒川放水路建設の際に牛田氷川神社を合祀した。

 一九七〇(昭和四五)年には、社殿と社務所が新築された。旧社殿は末社(久須志神社)として保存され登録文化財となっている。このほか境内には、神楽殿・神輿庫・手水舎・参集室などがある。一九八六(昭和六一)年の春ごろ、昭和天皇在位六十年記念の事業で、手水舎の屋根の葺替えなどの修理したところ、天井から棟札が発見された。棟札は長さ四九・五cm、幅一三・五cm(いずれも最長)、厚さ九mmの木札で、これによると、手水舎は一八六〇(万延元)年九月五日に再建されたことがわかる。