像高二三・八cmの小さな木彫仏である。破損が甚だしいが、胸前の二手に薬壺を据え、左右に二〇手ずつそなえている。首から胸にかけて瓔珞(ようらく)(金銅製の装身具)を身につけている。制作年代は定かではない。『風土記』にはこの像について次のように記されている。
図書政次。嘉暦二年(一三二七年)ニ水底ヨリ観音ヲ得シトイヘバ、建仁ヨリ嘉暦ニ至ルマテ、年ヲ歴コト百二十年ナレハ伝ノ誤アルベシ
勝専寺開基新井兵部の父図書政次が水底から引き上げたというが、その年歴の不確かさも指摘している。千住の地名由来には諸説あるが、『風土記』には、
当所ニ新井図書政次ト云モノアリ。嘉暦二年。荒川ニテ千手観音ヲ採得シニヨリカク名ツケタリ。
とあり、この千手観音がそのひとつとなっている。一九八五(昭和六〇)年一一月一二日有形文化財(彫刻)に登録された。