多坂梅里翁碑(たかさばいりおうひ)

198 ~ 198

高さ一m余、約四〇〇字の漢文が刻まれているが、かなり風化が進んでいる。一八一一(文化八)年八月、市川寿弼他五〇人余りの弟子によって建立された。

 碑文によれば、姓は多坂、名は平太、号は梅里。代々信濃国上田藩に仕えていたが、享保年中(一七一六~三六)に辞して千住宿に住んだ。男女や長幼の別なく五〇年にわたって教育を行った。盛時には数百人が学んだ。多坂梅里の教育方法は厳格であったが、それも慈愛の心からのもので、弟子達も親愛畏敬していたという。一七八九(天明九)年九月二日病没した。当時の教育内容がよくわかり一九八四(昭和五九)年一一月一四日に有形文化財(歴史資料)に登録された。


多坂梅里翁碑(足立区登録文化財)