千住河原町の鎮守で、古くからヤッチャバの守り神として崇敬されてきた。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祭神として祀る。戦災で資料が焼失してしまったため、創建年代は不詳である。『風土記』には
稲荷社二宇 一ハ川原町ニアリ。一ハ橋戸町ニアリ。各町ノ鎮守ナリ。共ニ小塚原町圓蔵院持。
とあり、江戸時代には圓蔵院の管理する神社であった。一八七三(明治六)年七月五日には村社に定められた。
『神社明細』によれば、一七七六(安永五)年に本殿、一八〇四(文化元)年に拝殿が造営された。一九四五(昭和二〇)年四月一三日の空襲で本殿・拝殿・境内樹が全焼した。一九四七(昭和二二)年にトタン葺木造社殿を建設。一九六六(昭和四一)年に現在の本殿・拝殿が完成した。一九六八(昭和四三)年の国道四号線拡幅の際、境内の一部がその用地となったが、これを機に境内の整備が進められた。現在、境内には本殿・拝殿をはじめ、参集殿・神楽殿・神輿庫・手水舎・社務所などがある。
また、建造物以外では一八三〇(文政一三)年五月に建立された花崗岩製大鳥居、一八五〇(嘉永三)年に鋳造された天水桶一対、一九〇三(明治三六)年に建立された「千住青物市場創立三百三十年祭紀念碑」、石造狛犬一対などがある。