七福神詣では江戸中期以降盛んになった信仰で、それぞれの福神の徳が得られるとして、元旦から七日までの間、初詣を兼ねて行われた。最も古いものが谷中七福神で、文化・文政年間(一八〇四~二九年)には太田蜀山人・谷文晁・酒井抱一らが向島七福神を企画したという。信仰と行楽の要素が結びつき、庶民からも歓迎され、時代により盛衰があるものの、各地に新しい七福神が生まれた(荻原ちとせ「足立の行事―一月―」、足立史談第四三〇号)。
千寿七福神は一九九三(平成五)年に町の人びとによって始められた。
布袋尊 長円寺 恵比寿 千住神社
大黒天 千住本氷川神社 寿老人 源長寺
毘沙門天 勝専寺 弁財天 仲町氷川神社
福禄寿 不動院
なお、大黒天を祀る千住本氷川神社には、「奥の細道千住宿 千寿七福神の碑」が建立されている。

寿町みこし2000<平成12年>

千住神社大祭

千寿七福神の碑(千住三丁目)

私立小学の変遷

1足立区教育史跡

2明治12年の公立小学配置図

3明治13年3月の私立小学配置図

4明治16年の公・私立小学校 児童数による分類

東京府南足立郡千住町々勢要覽 大正八年六月調査

千住町地圖 縮尺一万分之一

1969(昭和44)年の千住5丁目から千住2丁目付近(『足立区航空写真』)

1969(昭和44)年の千住2丁目から千住河原町付近(『足立区航空写真』)

大正末か昭和初年の千住の祭り(『写真で見る足立区40年のあゆみ』)

大踏切付近から西を望む(1961〈昭和36〉年、『写真で見る足立区40年のあゆみ』)

1962(昭和37)年の北千住駅(『写真で見る足立区40年のあゆみ』)

1962(昭和37)年の駅前通り(『写真で見る足立区40年のあゆみ』)

国道4号線を走る都電(1968〈昭和43〉年、『写真で見る足立区40年のあゆみ』)

1970(昭和45)年の旧道付近(『写真で見る足立区40年のあゆみ』)

迅速測図(1880<明治13>年)

新区内町界町名変更案原図①

新区内町界町名変更案原図②

新区内町界町名変更案原図③