森鴎外と大正記念道碑 (千住宮元町二九)

253 ~ 254

 大正記念道は、放水路の完成で不用となった西掃部堀を埋めて造成し、一九一六(大正五)年一一月に完成した道である。この道の完成を記念した「大正記念道碑」が墨堤通り(さくら土手)との交差点、タクシー教習所向かい側角にある。

 この道は、千住大川町の氷川神社前から南へまっすぐに伸び、俗称大師道と交わり、さらにさくら土手に至る、延長一〇五二mに及ぶ道である。篆額(てんがく)は、時の東京府知事法学博士井上友一の筆、選文は千住に縁のあった森鴎外に依頼し、河村正憲書、森田春鶴により刻まれたものである。この碑文は、千住に住んでいた鴎外の唯一の旧跡でもある。碑文は「荒河之水自西北至一折而南而折而東」に始まる漢文体で、およそ四〇〇字から成り、高さ二・五mもある大きな碑石である。碑文の最後に「駅余先考所曽居誼不得辞乃書其由以与之」(千住はよしみの深い土地であるので断ることもできず、いわれを書いて与えた。)とあるように、千住と森家の関係は浅からぬものがあった。

 その要旨は、「荒川は千住をめぐって流れ、これを隅田川という。むかしの千住は稲田が多く、灌漑用水として西掃部堀、中居堀、西馬場堀があった。しかし、千住は低湿地だったために、夏秋の雨季になると雨水が集まって川に注ぎ、河川が氾濫して開拓した地が荒れ、皆困っていた。そこで政府は治水のために、千住の北に大放水路を作り、水の勢いをやわらげて水害をなくした。そのため稲作をやめ、上流と分断された三つの堀のうち西掃部堀を埋めて新道を作った。幅員四間延長六一八間。一九一六(大正五)年七月に起工して一〇月に完成、工費約四五〇〇円。これによって水が溢れることなく、町も一層賑わうだろう。土地を開発するにはまず道路を整備しなければなるまい。大水道やガスを通し、電話も架線すべきである。そうすれば、様々な人が住み、様々な物資が流通して、町の繁栄はおおいに期待していい。聞いたところによると、文禄年間に、遠州の人で石出掃部亮吉胤(いしでかもんのすけよしたね)という人が、千住に住み治水工事をして荒地を開墾し、住民はその恩恵にあずかった。新道の南端に長い土手があるが、これは吉胤が築いたと云う。去年一一月、天皇の即位に当たり、郷里に功労のあった人たちが追褒されたが、吉胤もこれにあずかった。そして今年一〇月新道が完成した。昔と今とでは状況は異なるが、耕作の地が商業地帯となったのも、吉胤の功があったからである。天皇のお褒めが過去に及んで行われたのももっともなことである。

 千住の人たちが、記念碑を堤上に立て、吉胤ゆかりの西掃部堀のいわれなどを残そうと、私に文章を頼んだ。千住は父がかつて住んだところでなじみがあり、辞退するわけにもいかず、いわれを書いて与えた。」とあり、最後に、

 大正五年十月

    篆額 東京府知事 法学博士 井上友一

    撰文       文学博士 森林太郎

    書丹            河邨正憲

    鐫刻            森田春鶴

と刻されている。

 (原漢文。訓読は『足立風土記資料金石文Ⅰ・記念碑等』に所収)


大正記念道碑


【大正記念道碑の裏面 二一〇名の名と、「外三八五名」と記されている。】

鈴木シチ  坂田元次郎  神谷三蔵   堀内亮一   田渕常吉   石黒幸四郎  近野常蔵   田辺一郎

牧野鉄五郎 荘司悌十   織畑方治   海老原善之助 寉岡銀之助  若林善太郎  玉井政助   石井元次郎

遠田清太郎 相馬文次郎  松下誠貫   平尾仙太郎  鈴木真三   渋谷善蔵   今井かつ   加藤幸三郎

高橋政行  泉澤与三郎  大屋傳作   土屋政愛   神山傳兵ヱ  彦根長三郎  稲垣庄太郎  鈴木栄次郎

日本製靴会 横尾儀六   田原伊兵ヱ  岩嵜寅作   大久保久三  永野彦一   粉川吉治   諸田宗次郎

名倉謙蔵  金杉信元   東京農商銀行千住支店    竹中森之助  中村賢   飯塚由重   大川藤助

内藤房太郎 小林粂三郎  森鍬次郎   根嘉袮    林初五郎   横山佐助   名倉市蔵   内田与兵ヱ

岩附安太郎 大山英信   中里仙蔵   小宮モト   森山米次郎  佐藤春吉   田中市太郎  高橋久太郎

佐々木東海 山岸覚太郎  市川新之助  太田豊明   村井松之助  小泉孫兵ヱ  千住三丁目有志者多喜

矢野善蔵  荒井次郎吉  島多郎   山嵜忠蔵   井上玄道   岡田勝蔵   村田伊三郎  小林権兵ヱ

千住五丁目同志会     大久保伊助  加藤九十郎  下川和三郎  菅沼久五郎  舛田七右エ門 井上邦三

荻野鉄蔵 内田銀蔵   千住愛育院 園藤光太郎 千住貸座敷組合 渡辺勝太郎 加藤谷蔵  杉村仁右ヱ門

井野場行一 神山和吉   橋本勘助   織畑平兵ヱ 上原包太郎  江川スズ   鈴木儀兵ヱ  天野延太郎

鈴木市太郎 鈴木貞造   石田彦一郎  粉川銀次郎  林連    香川貞次郎  野村秀吉   手島一郎

鈴木精一  大野卯之助  板垣むつ   鈴木又右ヱ門 板垣鶴知   古暮舛太郎  馬場錦之   海保幸平

軍地三郎  旭録蔵   鈴木脩二郎  渋谷貞太郎  大久保亀吉  今井ゑつ  東京国際銀行千住支店

斎木林策  羽吹松五郎  蒲生市太郎  日下亨   荒井常吉   鈴木祐麟   山嵜了空  篠田勘太郎

共盛貯金会社千住支    千葉束  佐々木やゑ  堀江源次郎  川島巌隆   山本豊三郎  會川克孝

鈴木栄称  織畑勝之助  中村サク   當麻三左ヱ門 大久保忠平  平野米吉   土居川佐一郎 片山源太郎

山本長吉  相川勝太郎  鈴木宗次郎  山嵜雅吉   日本皮革会社 廣瀬了眼   大久保長三郎 白根知嘉

土岐頼敏  吉野作蔵   山嵜伊之助  秋山てい   鈴木与吉   菅沼久次郎  中井銀行千住支店

永野昇太郎 和田□輔  大久保平次  鳥山重次郎 高橋福次郎  田七蔵    明宥快   杉本庄三郎

白根阿久次郎 深田銀行千住支店      下野製紙会社千住支店    河合欣三郎  石出重次   徳田徳太郎

田中弥兵ヱ 矢島三男司  佐々木東水  杉村彦太郎  五丁目氷川神社 千住青物市場問屋組合    河合善兵ヱ 

下川米蔵  戸嵜三次郎  田中弥左吉  柳下邦三   真田幸五郎  杉浦譲   千住銀行   清水与兵ヱ

稲垣千代吉 横山茂兵ヱ  伊藤吉兵ヱ  戸嵜左馬   田中留蔵   柳川古満   清野秀丸   諏訪原辰蔵

高橋四郎吉 鳥居半次郎  岩田直蔵   高橋正直   石井春之助  折原周蔵   田中長太郎  松吉文平

三好三也    外三八五名

   大正五年十一月建設        道路工事請負人  高橋久太郎        建碑請負人

   府下亀有駅  森田常作          (あだち拓本の会提供)