緑町の整備

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 現在の町名は、一九五八(昭和三三)年五月一日、町名地番整理によりそれまでの緑町を三分割(一~三丁目)して誕生した町である。

 緑町の名が生まれたのは一九三一(昭和六)年で、一面の原野で、緑一色であったことから「緑町」の名が付けられた。翌年、東京市編入に際し「千住」を冠し、「千住緑町」とした。

 それまでは千住各町の入会地として「○丁目字堤外西耕地」のようによばれ、東北から西南にかけて、地所の形状区画が斜めに区切られていた。そのため、番地が複雑になってしまい、生活上大変不便であったので、町名地番整理が行われ三町に分割したのである。一丁目は区内における工場の草分けともいうべき、皮革会社を始めとする工場地帯であり、二・三丁目は住宅地である。これが区画ごとにさらに明解となったのは、一九九〇(平成二)年二月一二日の住居表示の実施によってである。なお、一丁目は、まだ住居表示未施行である。



千住1~5丁目の入会地であることを示す古地図(上1931年)と短冊型に街区造成された緑町の地図(下1991年)