住人について

266 ~ 266

戸主は当時ほとんど三〇歳代社員だった。庭付きの家を夢としてようやく手に入れ新しい生活を始めたのである。また、タクシーの運転手も多かった。自営の運転手で、整備工場兼車庫を備えていた。この車庫は広さがあり、良く雨天の日にこの車庫で遊んだ。この自営タクシー運転手たちが何人かで始めたのが、正和自動車である。

 一九三八~三九(昭和一三~一四)年ごろ、商店街が出来はじめて町らしくなってきた。魚屋はあったが、八百屋は引き売りだった。当時、近郷の農家が、汲み取りの礼に野菜を置いていったから、八百屋がなかったのかもしれない。北風が吹くと四本煙突の煙で洗濯物が汚れ、母親は困った。