一八四三(天保一四)年六月、政府の命によって紙漉きを献上した時の喜びを歌った記念碑である。紙漉きが稲作に劣らぬ仕事であるとの自賛の歌である。
足立区内では江戸時代より再生紙の生産が盛んであった。氷川神社境内は荒川放水路開削のため削り取られ、この碑も一九一七(大正六)年この場に移転再建された。川底に沈んだ川田耕地や元宿耕地は梅田、本木などとともに漉き返し紙の産地であった。台石に二一軒の問屋名が記されている。碑文の上部には、(永)(永続連、同業者の印)の題字があり、「水無月の つこもりの日 公(幕府)より帋(紙)のすき立仰付られる時」と前書きが続き、歌は、「すきかえし せさするわさ(技)は田をつくるひな(いなか)の賤ら(しずら=人たち)にあにしかめやも」とある。最後に、「天保十あまり四とせ発卯四角斉丸勇」と作成された年と作者が記されている。