柳原村の小字

293 ~ 293

『風土記』には上・中・下の三つが小名としてあげられている。冨沢孝之氏の「大正の頃の柳原」(「足立史談」第二五号)によると、柳原村には三十数戸の民家があり、江戸時代同様、上・中・下の三つのズシに分かれていた。『東京府村誌』に小字について記録がある。

一番耕地 村の北側古隅田川沿いにあり、東西三町二〇間、南北二町四〇間

二番耕地 村の西側の古隅田川沿い、一番耕地の南側に続いている。東西三町二〇間、南北四町四〇間

三番耕地 村の南側の古隅田川沿い、東西三町四〇間、南北二町二〇間

四番耕地 村の東側、小菅村境にある。東西二町四〇間、南北三町一〇間

柳原の小字は四つあり、村の北側から反時計回りに一番耕地から四番耕地に分かれていた。


1909(明治42)年