まちのなりたち

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 千住曙町と千住関屋町は隅田川北岸に位置し、東には旧綾瀬川、荒川が流れる。墨堤通りが東西に走り、千住曙町内では堀切橋を通る補助一〇九号線が交差している。両町の境界は、かつて隅田川と古隅田川を繋いでいた牛田圦の跡である。北は千住東一・二丁目、柳原一丁目に、西はJR常磐線を境に千住河原町・千住橋戸町に接している。

 千住曙町は、一九三一(昭和六)年一月一日、旧千住町大字中組字堤内東耕地および大字三丁目字牛田耕地の各一部、大字三丁目字堤外牛田耕地の全部の区域をもって千住町大字曙町を構成した。千住町の最東端にあり、暁を迎える最初の地にあるということから、曙町と名付けられた。翌年、東京市編入に際し、現在の町名となった。その後、三四(昭和九)年六月一日足立区と向島区の間で区界変更が行われ、旧綾瀬川が新たな区界となった。この結果、千住曙町一部と旧向島区隅田町二丁目の一部が交換された。六八(昭和四三)年三月三一日に住居表示が行われ、旧千住曙町の大部分と千住東町の一部の区域が現在の千住曙町となった。


昭和9年千住曙町の区域(区界)変更図

 千住関屋町は三一(昭和六)年一月一日、千住町大字中組字橋戸耕地および堤外東耕地の各一部と同堤外牛田耕地の全部をもって旧千住町大字関屋町を構成した。翌年、東京市編入により千住関屋町が成立した(六八<昭和四三>年三月三一日に住居表示実施)。関屋の地名は、かつてこの地に関所が設けられたことに由来するといわれている。また、昔、関屋天神があったことに由来するともいう。


かわっていく関屋の町(2003<平成15>年)