本堂

306 ~ 307

一八七七(明治一〇)年の『日蓮宗寺院明細簿』によると、建坪は四六坪で、檀家の寄進により一八三三(天保四)年四月再建したとある。建築年代の考証として、文化財調査報告書によると、棟札・建築年代が記された墨書、建造に関する文書はないが、細部についてみると、寺伝による天保年間の再建というのは、かなり確実性がある。建築に使われた欅(けやき)材の風化などから百年ないし二百年の経過が看取できる。当時は欅の木目を観賞するために素木(そぼく)を用いたので約一五〇年前の建築であることは十分に納得できるものである。

 また、工法上の時代的特徴で、内陣の折上格天井(おりあげごうてんじょう)・内陣と脇陣の境の亀甲格子・内陣正面の大虹梁(こうりょう)・本堂正面の建具に使われている腰障子(もとは紙張りであったであろうが、現在はガラス張り)・舞良戸(まいらど)・これらの建具をはめるための敷居・鴨居の三本溝・本堂正面の側柱と向拝柱をつなぐ海老虹梁・向拝屋根の唐破風などに、江戸末期の特徴がうかがえる。なお当時は建築装飾の非常に流行した時代であるので、この本堂にも、当時の型に従った彫刻や工法が多く見受けられる。


清亮寺本堂