「過去帳」と足立区域

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「過去帳」には、全国各地から約一万人もの人びとが記されている。名前を記載して供養してもらうには、さまざまなケースがあったことが考えられるが、各地の日蓮宗寺院の信仰者が、一定の人びとを取りまとめて、本土寺にもたらす場合が多かった。そこには金銭的な報酬が伴っていた。掲載された人名に付されている地名などは、その人物の居住地や死亡場所を示していることに加え、日蓮宗寺院の所在地を表しているケースもある。

 島根には国土安穏寺、古千谷には妙蓮寺という日蓮宗寺院がある。特に島根は、前項で触れたように、中世以来の村落で、国土安穏寺も、一四一〇(応永一七)年に中山法華経寺三世日祐の弟子日通を開祖とし、千葉氏を開基として創建されたという。

 千葉氏は中山法華経寺をはじめとする日蓮宗寺院に帰依し、「過去帳」の冒頭には、千葉氏代々の当主が書き記されているように、本土寺もまた千葉氏と深い関係を持っている。さらに島根の国土安穏寺は中山法華経寺の末寺であったことから、千葉氏-日蓮宗-中山法華経寺-本土寺-島根(国土安穏寺)という関係が浮かび上がる。


中山法華経寺(船橋市中山)

 現在のところ、これ以上は言及できないが、少なくとも「過去帳」の島根地名は、国土安穏寺の存在が深く関係しているといえる。中山法華経寺を拠点とする関東日蓮宗寺院の教線拡大や、それに伴う武蔵千葉氏の勢力伸長を考え合わせてみても興味深い。

 「過去帳」に記載された人物のうち、はっきりと判明するのは①の千葉自胤のみだが、「過去帳」記載人物は、何らかの意味で、その時代、その地域における実力者であったと思われる。島根地名を付された人物たちも、千葉氏一族やあるいは関係の深い者と考えることもできる。