鴨下栄吉と金三の冷蔵栽培法開発

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 明治の末に農業立村を目指していたころから梅島村では、栗原の山東菜、嶋根の千住葱をはじめとする商品作物の改良と普及が始まっていた。

 こうした努力は前項で見たように明治の勧業博覧会に出品した人びとが代表的であるが、著名な篤農家として花卉類の冷蔵栽培法を開発した鴨下栄吉・金三兄弟があげられる。

 栄吉と金三は明治後半から農業経営に尽力し、百合などの花卉栽培をはじめキャベツなどの野菜生産に工夫を凝らした人であった。

 大正年間(一九一二~二六年)には、花の球根冷蔵法と温室栽培による花卉供給事業を開発したことは花卉栽培史上特筆されている。栽培種目は百合・フリージヤ・ヒヤシンス・チューリップ等があった。鴨下栄吉の談話に栽培方法の要諦が次のように語られている(『足立区史』足立区役所、一九五五年)。

冷蔵栽培は又不時栽培ともいい、理論を平らたく謂うなら、例えば秋の菊を春に咲かせ、夏の百合を冬咲かせることが出来る。春でも夏でも或球根を冷蔵すると、球根は温床に入れると、春が来たと思い、芽を出し、蕾をもち、花を咲かせるに至る。ただこれだけの理屈であるというと簡単であるが、菊についてその理を悟るのに七年間研究した…略…人がこの整った機会を作ってやれば四季を問わず、花はいつでも咲くことになるのである。

戦前の足立で荒川放水路の敷地に多くの花々を咲き誇らせて世に知らせることになった足立花園も栄吉と金三の尽力によっていた。とりわけチューリップの栽培は著名となっていった。現在足立の区花として知られるチューリップは、ここ梅島で育まれた歴史がある。なお、こうした鴨下栄吉の農業逸話は、嶋崎信房『花翁-鴨下農園物語』の舞台として刊行されており人びとに往時の様子を今に伝えている。


戦前荒川放水路(現荒川)に開設された足立花園(鴨下一郎さん所蔵)
〝チューリップの足立〟を全国に知らせたことで著名


冷蔵栽培法開発で知られた鴨下栄吉
(『足立の人脈』より)