奥羽道中膝栗毛

71 ~ 71

 日光道中がはしる本地区では、これを舞台とした文芸作品が江戸時代から明治にかけて創作された。本章の「梅島地区の古道」で紹介した元禄の「結城使行」や松平定信「霞の友」、そして「日光巡拝誌」も、日光道中を旅した人びとの著作物である。

 日光道中に関連する著作物でも著名なのが十返舎一九の「奥羽道中膝栗毛」の記載で別掲の一九による挿し絵も添えられている。本文はわずかに千住から梅田に入ったところで、「梅田村島根村といふあり」としか書かれていないが挿し絵の説明文には、

 嶋根村の安穏寺ハ

 往還ヨリ西へ二丁ばかり

 にあり日蓮宗にて

 寺領三十石なり。

と島根の国土安穏寺のことを紹介している。江戸時代の道中を、弥次さん・喜多さんが面白おかしく歩く作品に描かれている点は興味深い。


十辺舎一九「奥羽道中膝栗毛」の挿し絵
弥次・喜多が日光道中を行く姿
島根の国土安穏寺の説明が添えられている