観音講は男性だけの講である。
かつては、講が開かれる毎月一七日の朝になると後栗原ズシの講員の家を鉦をたたいてまわった。当日の夜、宿となった家に講員が集まり、観音経を唱えた。集まりが悪いときには、来ない講員の家の前で鉦をたたいて催促したという。
こうした場で、先輩の講員は念仏を後輩に伝えていったという。
現在では、「正五九」(正月・五月・九月)の月の土曜日か日曜日、講員の都合のいい日に徳寿院に集り、観音経を唱えている。
観音講
観音講は男性だけの講である。
かつては、講が開かれる毎月一七日の朝になると後栗原ズシの講員の家を鉦をたたいてまわった。当日の夜、宿となった家に講員が集まり、観音経を唱えた。集まりが悪いときには、来ない講員の家の前で鉦をたたいて催促したという。
こうした場で、先輩の講員は念仏を後輩に伝えていったという。
現在では、「正五九」(正月・五月・九月)の月の土曜日か日曜日、講員の都合のいい日に徳寿院に集り、観音経を唱えている。