薬師堂跡(栗原四丁目八付近)

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 もと荒堀家本家の屋敷の内から、明治期、現栗原中央公園の東側に移された。

 この薬師堂には、薬師如来と十二神将像が安置され、堂のそばには、近代に入ってから、荒堀家一族の墓地が、竹の塚の常楽寺から移されていた。堂と墓地の敷地は六六m2の広さであった。

 ある時期、この堂には荒堀家の類縁の老婆が住み、堂や墓を守っていたこともあった。「お薬師様」は目の病に効くということで、この堂にお茶をもらいにくる人がよくいて、この老婆がお薬師様のお茶をふるまっていたという。

 また、後栗原ズシの念仏講の人びとが、この堂に集まり、「お薬師様のお念仏」を上げていたという。

 薬師堂は、荒堀家の堂という性格をもっていたが、後栗原ズシの人びとからも信仰を集めていたため、一九三二(昭和八)年、薬師堂を修繕しようというとき、その費用は、後栗原ズシや後栗原念仏講などの人びとで出し合っている(「昭和八年 薬師堂修繕寄附者芳名木札」荒堀市郎家所蔵)。

 一九七一(昭和四六)年、区画整理を機に、この堂は取り壊された薬師堂脇にあった荒堀家一族墓は徳寿院へ移転改葬され、同院の墓地整理を機に一九七八(昭和五三)年には、同院本堂に、本尊薬師如来や十二神将像も納めた。

 その後、薬師如来や十二神将像の補修を行い、現在のように本堂にある本尊の左脇に安置するようになった。


1971(昭和46)年ころの薬師堂と後栗原念仏講の人々(荒堀市郎さん提供)


かつて薬師堂にあった薬師如来と十二神将像
(2000<平成12>年撮影)