重氏は蓮千代麻呂が生まれる前から男子出生の場合は出家させようと祈願していたが、その願いの通り、一三六二(貞治元)年に、蓮千代麻呂が七歳の時、日祐聖人の剃髪により出家し、日通と名乗った。日通聖人は日祐聖人が亡くなる一三七四(応安七)年まで約一三年間近侍した。
本間蓮千代麻呂の出家
重氏は蓮千代麻呂が生まれる前から男子出生の場合は出家させようと祈願していたが、その願いの通り、一三六二(貞治元)年に、蓮千代麻呂が七歳の時、日祐聖人の剃髪により出家し、日通と名乗った。日通聖人は日祐聖人が亡くなる一三七四(応安七)年まで約一三年間近侍した。