妙覚寺の開創と祖師像

163 ~ 164

 日祐聖人が遷化(死去)した一三七四年、日通聖人は、日祐聖人の遺命を奉じ寺院の建立に努め、島根の地に後の国土安穏寺となる長久山妙覚寺を開創するに至る。この時の様子も、次のように「古縁起」にある。

日祐聖人が遷化した頃、武州足立郡の領主である千葉太郎は、篤く教義に帰依していた。しばらくして後、千葉太郎の発願により応永十七年(一四一〇)、島根郷に寺院を建立し、日通聖人を請い、第一世とし長久山妙覚寺と名付けた。開山となった日通聖人は、父祖の本間重元・重氏ゆかりの宗祖・日蓮聖人の尊像(祖師像)を奉安した。

 日祐聖人が遷化した六年後の一四一〇年に、千葉太郎の発願によって島根に長久山妙覚寺が誕生した。そして日通聖人はその第一世・開山となり、父祖伝来の祖師像を安置したのである。


開山 日通聖人像
本間氏の出で1410(応永17)年に国土安穏寺の前身、妙覚寺を開いた
(『天下長久山國土安穏寺』より)


日蓮聖人御真跡
国土安穏寺が蔵する日蓮直筆の手紙の一部