ところで応永一七年という妙覚寺の開創年代自体も興味深い年代である。当寺と直接関係はないが室町幕府の四代将軍足利義持が島根村の一部の土地を大宮の氷川神社に寄進したのが一四一三(応永二〇)年という妙覚寺開創の三年後である(応永二〇年五月二〇日付「足利義持寄進状写」)。妙覚寺の開創ともども島根村が室町時代のこの時期に資料上に登場してくることは興味深い年代の符合である。
また千葉氏と妙覚寺の詳細な関係は、その後不明であるが、戦国時代にこの地を勢力下に置いた小田原の戦国大名北条氏が出した古文書に(永禄七年・一五六四年三月二三日付「北条氏印判状」)「千葉殿御老母堪忍分」として島根村の土地が記載されていることからも妙覚寺の開基であった千葉氏と島根のつながりが影響しているのであろうか。この妙覚寺と戦国時代の千葉氏の関係を伝える直接の資料は見出せないものの参考となる資料である。