吉宗の来訪
吉宗以降の御場復活の記録を編んだ「御場御用留」(内閣文庫)を見ると、やはり当寺が登場する。この記録には、吉宗もしくは子供の家重(九代将軍)がいつ頃どこに初めて訪れたのかを記している。
これによると吉宗は一七四一(寛保元)年一二月四日、谷塚筋(現、草加市谷塚方面)に白鳥・鶴を狩る御成を行った際に、初めて御膳所として国土安穏寺を訪れている記事がある。その後も御膳所として当寺は吉宗の利用に供されたようである。
江戸時代の絵図に描かれた国土安穏寺「御朱印地」を注記されている(『日光道中文間延絵図』)