前記庚申塔の東側に安置されている一七〇五(宝永二)年に造立された庚申塔で、「庚申供養」と字刻され、下部に三猿が配されている。記念銘は左右上部に配され、「宝永二乙酉年(一七〇五年)九月廿三日」と記され、下部には施主の名前が記されている。施主銘部分は最右部が剥落で欠損しているが「孫七郎、六左衛門、勘左衛門、谷右衛門、孫次兵衛」と判読できる。以前の文化財調査時点では、最右部の欠損も判読でき、「施主 専須」と読めていたが、今日では判読できなくなっている。
この庚申塔も前述のように街の人びとによって保存されているだけでなく標柱が建てられ、「島根北部に建て、青面金剛に託して厄除けを願い、村人の安全を祈った当村の庶民信仰の地。(三体あったが一体は紛失)」と文面が記されており、かつて三体あった石造物のうちの二基であるという経緯も記録されている。なお二基の庚申塔には今でも花が手向けられ、地元で大切に保存されている。