国道四号線と環状七号線、そして東武鉄道に囲まれた三角形の町が梅島である。今日、町名となっている梅島という地名は、かつて梅田・島根・小右衛門・栗原の各地を合併して一八八九(明治二二)年に成立した近代村名「梅島村」に由来している。合併した村のうち主要な梅田と島根から一字ずつとって、村名を「梅島」としたことについては総説で述べたとおりである。
しかし、この「梅島」は近代行政村名であり、生活の基盤となる現在の町名に相当する大字名などとは若干性格が異なっている。いま私たちが住所を語るとき、もっとも身近なのは例えば梅島三丁目というような町の名前で、町村自治体名とは趣が異なる。基礎的な地名である町名と同義で梅島の名前が登場したのは一九四五(昭和二〇)年と四七(昭和二二)年の二度の告示によって現在の梅島駅周辺で成立した梅島町が、直接の端緒となる。つまり現在の梅島という町名は、直接の先祖として旧梅島町、そして遠い先祖として明治の行政村名があると言えよう。