戦前から市街地化が始まった梅島の地域は人口も増えていったが、急速に市街地化が進展したのは、やはり戦後を迎えてからであった。こうした町の変化について梅島三丁目の梅島第一小学校や第十中学校の刊行物に町の変化の様子が記録されている。
まず梅島第一小学校の創立四〇周年に際して、学区域の人びとから文章を集めた「おとうさんおかあさんの梅一時代」から紹介する(創立四〇周年記念誌『ヒマラヤすぎ』梅島第一小学校、一九七三年。以下『ヒマラヤすぎ』と略す)。
梅一小学校の変わり方は著しいものがあります。…略…また、学校の周辺はというと、これも、下水道は完備され、道路という道路はくまなく舗装されており、さらに環状七号道路ができています。それに伴い、まわりも近代的な商店街、住宅、工場が密集してきました。…略…
※小玉文雄「昔をしのんで四〇周年記念によせる」より
道路・下水道と言った社会資本が整備されて市街地となっていったようすが述べられている。
また第十中学校の創立四〇周年記念誌では生業を切り口に農村地帯からの急速な変貌について次のように触れている(『自治と文化』)。