第四中学校(梅島一丁目二-三三)

209 ~ 210

 一九四七(昭和二二)年四月一日、もともと高等小学校だった足立第二国民学校を廃止して、第四中学校として新制中学校を発足させた。

 校章は、梅島の地に立つことから梅の花、勉学に励み知性豊かにを象徴するペンが十字形にあしらってある。梅の花もペンも四中にちなんで四つになっている。全校生徒の応募作品の中から選んだ。

 開校当時の生徒数は五七三名だったが六二(昭和三七)年には二三六二名に達したことがあった。校舎も、開設時は普通教室二四、特別教室四という小規模だったが、生徒増加で鉄筋四階建て校舎を次々と建設して対応した。

 五〇(昭和二五)年「生徒心得制定誓約書」を制定し、そこで「我等は光栄ある第四中学校生徒として、責任ある行動・秩序ある生活及び協調友愛の精神を滋養して、益々校風の刷新をはからんと決議致しました。是に生徒心得を制定し、校長先生・諸先生にその実践を誓約いたします。」と誓約している。他に四九項目にわたる生徒心得を記している。

 一方、教師にも生徒の誓約に負けない研究実績がある。五一(昭和二六)年の中学校職業教育研究の指定校になったのをはじめ、文部省や東京都の統計教育、特別活動、放送教育、教育課程研究、コンピュータ利用の研究、カウンセラー活用の調査研究、視聴覚教育研究を推進した。全国中学校夜間部教育研究協議会年次大会や研究発表などその成果を全国に発信している。また、NHK杯東京都中学校放送コンテスト準優勝、東京都中央音楽会に足立区代表となるなどの実績もある。

 スポーツの面でも、四九(昭和二四)年の区立中学駅伝での優勝、区連合体育大会優勝、平成になって男子バレーボールが関東大会優勝、全国大会準優勝、女子剣道の関東大会出場、野球が区内で優勝等々の実績がある。

 現在は、「自ら学ぶ人」「心のひろい人」「たくましく生きる人」を教育目標として努力している。


第四中学校 都内屈指の夜間学級設置校としても知られている