一ツ家-たった一つの人家-

225 ~ 226

 足立区内には、「○ツ家」という地名がいくつかあった。「二ツ家(ふたつや)」は現在の青井四丁目付近で、ここには二ツ家町という町名があった。また、旧下妻街道沿いを流れていた堀は「三ツ家(みつや)堀」と呼ばれ、「四ツ家(よつや)」もかつては四ツ家町という町名があった。これらの地名は、この地を開発し入植した当初の家の軒数を意味しているといわれている。「一ツ家」も、古くはただ一軒の家があるだけだったという。一面の耕地の中にポツンとあった一軒家を想像させる地名である。二ツ家と四ツ家は、それぞれ保木間村と次郎左衛門新田の小名(地字)であったが、一ツ家は小名ではなく、地域の通称・俗称として用いられていた。いずれも足立区の古道として知られる道海道(どうけみち・どうかいどう)と下妻街道に沿って分布している。理由は不明であるが、何らかの関連性が推測できて興味深い。

 現在まで町名として残っているのは一ツ家のみだが、バス停「二ツ家」「四ツ家」や、「四ツ家交差点」のほか、児童遊園などの名称に残り、現在も地域住民に親しまれている地名である。

 現在の一ツ家一~四丁目は、耕地名でいうと、栗原村の原島耕地が大部分で、竹塚村の五反田耕地、六月村の原島耕地、島根村の道海耕地、小右衛門新田の道海東耕地を一部含んで構成されている。


○ツ家地名のあるところ