東島根と東栗原

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その二年半後の三四(昭和九)年三月、かねてより建設中だった新国道四号線が、千住新橋から埼玉県境の水神橋まで開通し、田園地帯の真ん中を「十三間道路」が縦断することになった。この完成により、島根町・栗原町は東西に分断され、国道から東側の地域は、翌四月一日から「東島根町」「東栗原町」と称されることになった。

 この町の名は、一ツ家・平野の住居表示が実施されるまで長く使われ、現在の町並みの中にも、次のように名残をとどめている。

○学校…東栗原小学校・東島根中学校

○道路施設…東栗原町歩道橋・東島根町歩道橋・東栗原町交差点


東島根町と東栗原町