かつては、千住や神田の市場に出荷した。どこの市場に出荷するかを決めるのは、毎日変動する市場値の見極めが重要であった。野菜は用水の水できれいに洗ってから、大八車に積んで行った。荒川放水路ができる前は、千住まで地続きであり、道海道から四ツ家・五反野・下妻道を通っていった。大正末期に荒川放水路ができると、国道四号線から千住新橋を通って出荷した。
大八車で千住新橋を上るのは一苦労であった。橋のたもとには、「かるこ」と呼ばれた有料で荷押しを手伝う人びとがいた。その料金は、昭和二十年代後半ごろ、千住新橋で七、八円ほどで、千住大橋では、当時はこちらの方が勾配があったので少し高くて一〇円くらいであったという。
当時は、市場は五のつく日(五・一五・二五日)は休みだったので、この日は農作業も休みにした家が多かった。
現在では、千住や入谷の市場にも出荷するが、輸送の便がいい今日では、築地市場へ出荷することもある。築地では、高級料亭用に高値で落札してくれるという利点がある。ただし、大市場であるため、大量出荷をしなければ受け付けられない。