減りゆく農地

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 一ツ家では昔から農家は四三軒で、平野では十数軒であった。昭和三十年代以前はその数はほとんど変わりなく、まだ広大な耕作地に恵まれていた。地域の都市化に伴って、用水が汚れはじめると、次第に田は埋め立てられて畑に変わったり、家が建てられたりした。現在では、農業を主な生計としている家は一ツ家で二軒、平野で二軒である。ほかに生産緑地として登録している家がいくつかあるが、かなりの耕作地が姿を消した。二四一頁の四枚の地図は、耕作地減少のようすを年代別に表したものである。

 地図①は、一九七一(昭和四六)年ごろで、東栗原アパート・平野アパートなどの都営住宅や、東島根中学校・東栗原中学校などの学校が建設され、また環七も開通し、一ツ家では土地区画整理が施工中で、生活に大きな変化を見せ始めているころである。しかし、全体として耕作地はまだけっこう残っていた。その中に建つ団地や学校は、遠くからも見られる目立つ建物だった。ちなみにこのころは、水田はほとんど姿を消していて、畑作中心となっていた。


一ツ家・平野の農地の変遷
① 1971(昭和46)年

 約一〇年ごとに、その移り変わりを見ていくと、地図②の八一(昭和五六)年ごろには、どんどん畑は消えている。すでに一ツ家では土地区画整理を終え、かつての曲がりくねった農道は消え、整然とした道や住宅地として生まれ変わっていた。公園が次々とできたのもこのころで、かつての田園の緑は、公園の緑へと変わっていった。


② 1981(昭和56)年

 なお、八三(昭和五八)年の一ツ家・平野の登録農地の面積・件数・筆数の表を二四二頁に挙げ、町全体の面積に対する農地の割合を示した。

一ツ家・平野の登録農地-1983(昭和58)年-
町丁 町面積[ha] 農地面積〔m2〕 件数 筆数
一ツ家一丁目 12.24 1690(1.4%) 2 3
二丁目 15.14 4927(3.3%) 1 11
三丁目 15.04 29007(19.2%) 8 87
四丁目 8.02 14631(18.2%) 7 44
一ツ家 計 50.44 50255(9.9%) 18 145
平野一丁目 17.22 23305(13.5%) 8 71
二丁目 11.20 1215(1.1%) 1 3
三丁目 15.78 14510(9.2%) 4 48
平野 計 44.20 39030(8.8%) 13 122
一ツ家・平野計 94.64 89285(9.4%) 3 267

(『足立の農業』足立区農業委員会、1983年より作成)

 表を見ると、町丁ごとに農地面積に差はあるが、一ツ家三・四丁目、平野一丁目などに農地が多い。平均すると、一ツ家・平野とも農地は一割弱となる。なお、八三(昭和五八)年当時の足立区全体の農地の割合は約四・五%だったので、農地は比較的多い地区だといえる。

 九二(平成四)年(地図③)、九八(平成一〇)年(地図④)では、いっそう宅地化は進み、わずか二、三〇年で、一ツ家・平野の生活や景観が、大きく変わっていったようすがよくわかる。


③ 1992(平成4)年


④ 1998(平成10)年