庚申堂のおもいで

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庚申堂は「庚申さま」と呼ばれ、平野の人たちに親しまれてきた。堂の前には平野堀が流れ、そこには庚申前橋と呼ばれた橋が架かっていた。関東大震災で周りの家が倒壊した時、庚申さまは無事であった。浅香龍一さん(平野二丁目)が所持する写真は、かつての庚申堂を撮した貴重な写真である(昭和三十年代)。

 庚申さまの所在地は、現在の平野二丁目四-一五(旧東栗原町一八八二番)の、オーディオショップの所にあった。当時は店はなく、平野堀から堂の前まで三〇坪ほどの空き地が開けていた。堂の中には、子供が遊べるくらいのスペースがあり、堂の内外ともにいい遊び場であった。中にはいろりもあり、戦前には夜警の詰所としても使われていたという。

 浅香さんをはじめとして、こうした思い出を持つ人は多い。


平野神社の前身、昭和30年ごろの庚申堂(浅香龍一さん提供写真)
堂の前には2体の庚申塔(右 享保5年、左 安永4年)が写っている


創建当時の平野神社(浅香龍一さん提供写真)