昭和~平成の工場-新たな工場の道-

270 ~ 271

 やがて、この地域にも住宅地化の波が押し寄せ、中央本町には、個人住宅はもとより、都営住宅やマンションが建てられるようになった。

 例えば、現在の都営中央本町五丁目アパートと栗島中学校の場所が挙げられる。ここは戦後に日本航空機に代わってニチベイフジ自転車が創業したが、一九五五(昭和三〇)年に、都営東島根第一・第二アパートが建てられた。工場から住宅地化への早い例である。

 住宅地化の傾向は、昭和四十年代以降さらに強まっていった。近年の工場は、このような環境の中で操業しているわけだが、昭和五十年代ごろより、中央本町から撤退する工場がいくつか見られるようになった。撤退した工場の跡地がどのように利用されているのか、その例を別表(前頁)に挙げた。

工場跡地の利用例
旧工場名 跡地利用
矢口工業所 中央本町センター・五反野住宅
ワルツカメラ・コロナ工業 ボーリング場→中央本町四丁目第二団地栗島住区センター
河原金属・足立鋳機 マンション
佐々木製作所・北三合板ほか 個人住宅地
塚田製作所・改進タクシーほか マンション
関東機工・岡戸機工ほか 高齢者養護施設(平成13年度開園)
三ツ矢送風機 五反野第三スカイハイツ
富士ダンボール 百貨店
吉田鋳物工場 マンション

 

 跡地は住宅地もしくは公共施設として引き継がれている例が多い。工場撤退の理由は、各工場の事情でさまざまであり、住宅地化が必ずしもその理由に挙げられるわけではない。例えば、近年では土地が手狭になり、埼玉県や栃木県などへ場所を移して行く工場もある。

 工場跡地の再利用は、中央本町の新しい姿であり、第二の近代化といえよう。こうして現在の中央本町の町並みの基礎が造られたといってもいいだろう。


工場跡地に建設中の高齢者養護施設


昭和46年


平成10年
中央本町の工場の変遷