足立区健全の家跡(中央本町一丁目五-一)

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 一九五八(昭和三三)年から七四(昭和四九)年まで、当時の足立保健所に隣接して「健全の家」があった。

 五六(昭和三一)年、足立区児童生徒健全生活指導委員会の調査によると、かなりの数の家庭的な不遇児が見出された。不遇児たちが安住の地から通学できるための「子どもの家」が創案企画され、区議会の協賛を得た。

 正式には「足立区立学寮」という。教育的指導と温かい家庭的な環境の中で健全な生活を営ませるための施設として、五八(昭和三三)年七月に千住弥生町三五番地(現中央本町一丁目五-一)に完成した。足立区独特の施設であり、全国的に類のない施設であった。この寮の設置と事業内容は新聞に大きく報道され、開寮直後の七月三一日には、橋本龍伍厚生大臣が視察し、続いて八月八日には大谷竹次郎松竹社長から健全の家増設基金の寄付があり、世間の関心事となった。

 開設当時の規模は、一二一三m2の敷地に一三六m2の木造平屋建てで、寮室は六畳間四室で一二人の収容予定で寮生は一一人、職員は寮長一人と保母二人、用務員一人が勤務していた。

 五九(昭和三四)年七月には増築竣工し、六畳の寮室六室となり収容定員は一八人となった。なお、六六(昭和四一)年には別棟が完成している。


ありし日の健全の家(『区政要覧』昭和36年度版より)


開園当時の健全の家(『区政のお知らせ』昭和33年8月30日号より)