古代~中世の人びとの痕跡

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 かつて、西新井栄町三丁目あたりから、「古墳時代の土器や土錘等が出土した」という(『今めざめる大樹たち』)ことから、このあたりには、かなり古くから人が住み始めていたものと推測される。

 その後、この町域での人びとの痕跡について具体的にはよくわかっていない。ただ、北の栗原地区にあったと考えられる「渕江郷石塚村」と称する村が、室町時代の応永四(一三九七)年以前にはあったことが『円覚寺黄梅院文書』からわかり、すでに、近隣では、人が住んでいたことがうかがえる(総説参照)。

 また、西新井栄町北部から栗原にかけてあった満願寺ズシ(後述)の名称の由来となった満願寺は、一五七四(天正二)年以前にはすでにあったともいわれている(『風土記』)。