一九五五(昭和三〇)年五月四日、梅島小学校分校として、木造二階建て八教室、児童数四〇八名で授業を開始した。翌一九五六(昭和三一)年四月一日、足立区立亀田小学校として独立、開校した。その後、一九六五(昭和四〇)年に鉄筋校舎と体育館が、七二(昭和四七)年には西側校舎が完成した(『亀田小学校 創立四〇周年記念誌』『わたしたちの亀田』)。現在(二〇〇〇〈平成一二〉年度)、学級数一〇、児童数二四三名で、区内でも小規模な小学校である。
当校では、体験学習を重視し、子どもたちが学校園を使って稲を植え、収穫した米を脱穀したり、一升瓶でついたりする体験学習を行ってきている。残った藁は、関伊治(一ツ家在住)さんを招き、雪沓(ぐつ)などをつくる作業を見せたりした。このほか五年生は二月頃、味噌玉を瓶(かめ)に仕込む。六年生の九月頃には味噌ができあがり、家に持ち帰って、味噌汁にして味わうという。
二〇〇〇(平成一二)年度から、当校は、五反野小とともに「開かれた学校づくり」のモデル校に指定され、従来から力を入れてきた体験学習活動を、さらに活発化させている。また、「開かれた学校」をめざし、以前に増して、外部の多様な人びとに、学校に来てもらい、体験学習に参加してもらっている。例えば、学校周辺の人びとによびかけ、児童といっしょに掃除をしてもらったりした。また、近くのとうふやさんを招き、児童にとうふづくりの支援をしてもらった。とうふが出来上がったとき、児童の笑顔が印象的であったという。この他、地域の人びとにクラブ活動の参観や参加をしてもらったり、地域の人が先生になって算数の楽しさを教える教室などが開かれている。
そうしたおりに、「中部老人館たより」(二〇〇〇年一二月)に次のような記事が掲載された。
十一月十七日(金) 雨
今日は朝から冷たい雨が降り外には出たくないところ、亀田小の「開かれた学校づくり」とかで、子ども達におそうじを教えるボランティアに参加した。
私は、一年生に当たってしまい、けんかの仲裁や、泣き出す子をなだめたり、血圧も上がりそうだったけれど、楽しく、「私にもボランティアができる」ということが嬉しかった。
このように、地域の人が学校を支援できる新しい企画に、児童だけではなく、地域の人びとの関心、反響も高まってきている。
当校では、今のところ、こうした企画は、特定の日に行っているので、将来的には、小規模校のよさを生かし、地域の人びとが自由に学校に出入りできるような形をめざし、より日常的に行えるようにしたいと磯村裕行校長は話された。