梅田のズシ

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 梅田には、上テズシ、下テズシ、道宅ズシ・曲輪ズシ・横道ズシ・桜町ズシ・通りズシの七ズシがあった。ズシの存在する場所は集落である。ズシがどうしてこのような範囲となったのか、また、ズシの機能も不明であるが、かつて念仏講が上手・下手両ズシに存在したことから、人びとの日常生活のつながりの中でズシが形成されていたと考えられる。


梅田のズシ

梅田の工業化

 現在梅田では、五丁目と八丁目に大工場が存在し、中小工場が集中しているほか、梅田の至るところに工場がみられる。

 梅田に工場が進出した理由に、梅田の土地が安く、広い土地を確保するのが容易であったことがあげられる。

 一九一六(大正五)年六月に(株)千代田紡績(織布・撚糸)が、一九二三(大正一二)年に河上機械製作所(機械)がそれぞれ創立された。現在判明する限りで、これが梅田で初めて操業されるようになった工場である。昭和になると工場が続々と建設され、なかには東京田辺製薬のように大きな工場もあるが、多くは加工原料製品を製造する中小工場である。戦後、旧千住八千代町付近でも工場建設が進んだ。

1950(昭和25)年までに操業開始した梅田の工場
年代(昭和) 会社名(製造品) 資本金 従業員
1938(13) 稲垣工業所の創立(人造大理石)
田辺元三郎商店(三菱東京製薬)が梅田工場を建設
 39(14) (株)浜野機革工業(革パッキン) 250万円 37人
(株)東京田辺製薬梅田工場(ビタミン) 3000万円 136人
河上機械製作所(機械) 30万円 86人
(株)千代田紡績(工業広巾綿布) 20万円 99人
浜野帰一工場(軍需皮革製品) 50万円 208人
合資会社栗林製作所(写真機) 3・5万円 98人
 42(17) (株)中村金属梅田工場(綿・黄銅・青銅・アルミ) 100万円 45人
(株)島田軽金属工業(アルミ製厨房用品) 1000万円 223人
 45(20) (株)大同工業(子供用靴) 150万円 40人
 46(21) (株)千住ベニヤ工場(ベニヤ板) 1000万円 93人
 47(22) (株)東新紡績梅田工場(紡毛糸) 500万円 64人
(株)小坂木工業(柱時計・ケース・木枠) 150万円 54人
(株)吉村繊維工業(紡毛メリヤス糸) 100万円 47人
(株)三信工業(金属メッキ) 70万円 58人
(株)品田製作所(ベルトレーシング・ベルトボタン) 100万円 33人
 48(23) (株)日本コルク工業(コルク) 100万円 50人
 49(24) (株)赤松毛織東京工場(モケット織物) 3000万円 80人
 50(25) (株)曙石綿工業(石綿・ブレーキ・ライニング) 800万円 65人