関脇を最高位とし、常に三役を堅持している技巧派力士、栃東の相撲部屋である。
一九九〇(平成二)年、親方の独立に伴って知り合いのいた梅田に移って来た。交通は、神明通りの浅草寿町ゆきバスで町屋から電車に乗れるし、両国方面へ出られ、車で高速道路へ入るのも容易という交通の便利さもこの地の魅力であった。
二〇人以上の部屋は、足立区では玉ノ井部屋だけである。現在栃東を筆頭に、力士二八名、床山・行司各一名、計三〇名である。
地域とは、梅田稲荷の節分に、豆まきで呼ばれたり、西新井大師の祭りに協力したりしている。又毎年、梅島第二小学校の児童集会(すもう集会)に招かれ、相撲部屋の一日の様子やおすもうさんになった動機などを話し、児童の代表と相撲をとり、質問に答えるなど、交流を深めている。