この交番は、元は千住新橋交番と言い、千住八千代町一番地、千住新橋の北詰西側に設置されていた。しかし、道路拡張に伴い一九六二(昭和三七)年一一月に撤去された。その後、六四年一月二五日に再建されたが、再び日光街道改良工事の路線にかかり、八二(昭和五七)年七月五日に閉鎖、受持区の運用を一時梅田交番(現・梅田七丁目交番)に移した。
梅田一丁目交番は八一(昭和五六)年一一月二一日、現在地に新築工事が完了し、事務運用を開始した。八五年六月一五日、地域の住居表示に合わせて梅田一丁目交番と名称を変更した。現在、補助一三六号予定地の土地収容が進み、予定地内にある当交番もいずれ立ち退きになる。移転先はまだ決まっていないが、千住新橋交番以来三回目の移転は、放水路沿いの土地の変遷そのものを映している。