足立梅田郵便局(梅田六丁目三二-一)

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 一九三〇(昭和五)年四月二六日、当郵便局は、梅田五三〇番地(現梅田六丁目二八-一八)に無集配三等局の梅島局として開局した。現在の地より旧街道沿いの南寄りにあった。局長は、梅島町々会議員、中野泰汎(後に智厳と改名)氏だった。一九三二(昭和七年)一〇月一日に現在地に移り、局名を足立梅田郵便局と改称した。

 一九二三(大正一二)年の関東大震災後、梅田は東京市内からの移住者で人口が急増し、中小企業が増えた。しかし、郵便局への貯金は、地元の庶民の資金だが、地元へ融資金として還元できず、中央へ集められるシステムである。そこで中野氏は、産業組合法にもとづく信用組合の設立を思い立ち、郵便局長他同志四一名を募って申請し、一九三七(昭和一二)年に梅島信用組合を設立した。これが後に足立報徳信用組合を経て、成和信用金庫となった。


足立梅田郵便局(2001<平成13>年)