梅田団地は赤松毛織株式会社東京工場の跡地に建てられた。当工場は一九四九(昭和二四)年資本金三〇〇〇万円で創業し、八〇人の従業員が働いていた。六二(昭和三七)年ころにこの工場が移転し、都営住宅が建てられた。六四(昭和三九)年、五階建て一〇棟三九九室に入居が始まった。初めのころは都の管理人がいたが、一年後には自治会が作られた。梅田亀田公園は今ほど整備されていなかったが、梅田堀が流れ、のんびりした風景であった。現在の入居者は三八七所帯。六五歳以上の人が二八〇名余、児童が二二名、幼児が一八名いる。入居当時より老人と子供の人数が逆転している。高齢の人が多くなり、エレベーターがほしいという要望がある。
自治会の活動の主たるものは、盆踊りである。近隣の町会と重ならないように調整して八月中に行われる。後は子供会の行事ぐらいで、かつて行われていた敬老の日の行事は出来なくなった。現在は敬老の日にお祝いの品を届けている。この例のように、自治会の活動は小規模になっている。実際に活動できる人数が確保出来ないことが第一の原因である。日常的に自治会としてのルールづくりをしてきたが、価値観の多様化が進み、運営はますます難しさをましている。
日清紡績と東武鉄道西新井工場の移転が決まり、西新井駅西口周辺の再開発が計画されている。それに伴って団地の建て替えも計画されている。新しくなれば、エレベーターもつくだろうが、当然家賃も値上げされるだろう。年金生活者には痛手で、反対も予想される。また北側の二棟は、防災計画道路(二二m幅)のため取り壊される予定になっている。東武鉄道の西新井工場の本格移転まで、自治会はもとより住人との話し合いが重ねられる。二〇〇四(平成一六)年は、自治会の四〇周年に当たり、何らかの記念行事も予定されている。