梅田一丁目商店街振興組合

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 戦前、千住新橋商和会としてにぎわっていた。一九四七(昭和二二)年、日光街道千住新橋北詰から旧日光街道に至る沿道の千住八千代町、高砂町の商店三五店で千住八千代商店会を結成し五〇(昭和二五)年には街路灯を設置した。当時の会員数は七二名であった。

 七五(昭和五〇)年ごろから日光街道の拡張工事が進み、これに伴って商圈は分断され会員数も二五名と激減した。その間、商店会の名前を公募し、七七(昭和五二)年梅田一丁目商店会と改名し、街づくり運動推進の母体として「発展クラブ」を結成した。八五(昭和六〇)年三月、足立区並びに東京商工会議所足立支部(調査担当三枝公一さん)により「梅田一・二丁目商店街診断報告書」(商店街近代化への提言)が策定され、同月梅田一丁目商店振興組合を設立した。

 「大規模小売店舗法」(「大店法」)緩和による大型店の進出と、消費者の商店街からの流出に対して、中長期的街づくりが必要となった。一九九〇・九一(平成二・三)年に東京都中小企業振興公社の助成を受け、「長期総合計画」と「商店街の現状と商店街活性化の考え方」として経営相談を受けた。当面の活性化事業としては各商店が商品力強化、販売力強化、固定客化推進、店舗売り場づくりなどに努めることとし、商店街イベントとして「毎月、第一日曜梅一まつり」を実施している。これは「発展クラブ」主体で行い、発足以来一五年間続いている。


梅田一丁目商店街