二月二十六日

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二月廿六日 朝ゟ雨降也
下男馬五郎・八郎、助人八蔵・和吉屋根屋手伝、家根屋五人
北方差萱致す也
一 我等瓜生市三郎殿江行、御水帳写持参、市三郎同道ニ而
板木谷畑見物、左之通り
       板木
       一 壱反弐畝拾弐分       山口様御分
       同所
       一 壱反拾八分         岡部様御分
          中合弐反三畝分
          此質地元金廿弐両
       右者別處久兵衛江源二郎ゟ相渡証文鹿之助認
       なし畑
  一 上畑九畝拾六分        山口様御分
          此質元金拾八両也
        右者源二郎ゟ市三郎へ相渡証文鹿之助認
右之通り市三郎立会相改申候、外下々畑弐筆以来我等方ゟ
御年貢上納之積也、是迄源二郎持之処余り畝分多ク相成候間、
今般改右之通り也
一 別處三郎兵衛困窮ニ落入候間、百姓代退役願出候間
願之通り聞済申候、夜ニ入跡役利右衛門江申付候、喜兵衛
老年及候間、忰彦太郎事加兵衛江申付候、道助宅ニ而申渡
一 菓子折壱ツ加兵衛娘大病ニ付、見舞与して主人持参
呉遣シ申候
一 川越横田門人修行者九ツ時出立相州厚木町江行、昼前
新宅ニ而手合致申候