十二月十七日 朝ゟ曇、雨少々 壱人 順大工
下男馬五郎・和吉・八郎湯舟詰かへニ行、昨夜者
和吉道助方夜番繁造替ニ行也
一 若主人原町田武藤平右衛門方江行、此間□左衛門調木曽村
之処無人故、彦左衛門一同助太夫方江頼入候処、同人ゟ
勘右衛門相頼深谷村圏入差立入用も懸候間、五両も
助太夫方江遣候様申来、右ニ付木曽村ゟ助合致呉候様
彦左衛門申越候、□左衛門者直相済候事故、忰ゟ平右衛門殿江
相答之礼致候様申遣、左候得共木曽村ゟ者差出不及、
深谷村差出ニも相成候故、多少者不申候得共深谷ゟ
者相答之挨拶可然も如何不相分候間、平右衛門
方江答合ニ行也
一 道助方御年貢皆済也、今日鹿之助不参ニて
年寄長兵衛江申談遣候、已上、夜ニ入日待也
一 下堤善助娘お幸殿来、菓子折外襦伴(袢)袖等其外
色々貰申候、江戸ゟ引込被申候、愛度