(1) はじめに

[出典]
山本宗尚, 2006: 賀茂競馬の乗尻・所役と馬所.
 賀茂文化 , 3, p18-27. (PDF) (c) 賀茂文化研究会
 
 
はじめに
 賀茂別雷神社(上賀茂神社)に古来から伝わる神事の一つに競馬会神事がある。競馬会神事は五月一日に一頭ずつ馬を走らせ、その遅速により馬の番を決める足汰式と、五月五日に一番(2頭)で走らせる競馬会で構成される。そもそも競馬会神事に関する研究自体数少ないのであるが、現在に至るまでの神事の状況やその変遷ほとんど明らかになっておらず、社家中に遺された史料を頼るほかない。本稿は江戸中期に成立したいくつかの史料を纏めつつ、競馬神事に関わる人に着目してどのように諸役が決められてきたのかを調べた。
 
 ここで、本稿で対象とする賀茂競馬の諸役のなかで、現在もその名が遺っているものを『賀茂競馬』パンフレット(上賀茂神社出版)を基に説明する。
  乗 尻 競馬の騎手。当日は庄園の名を名乗る。
  神 主 明治時代までは今の宮司職を言う。現在は上賀茂神社宮司が務める。
  所司代 足汰式で馬の遅速等を査定し、五日当日の番立を決定する。
  目 代 足汰式の毛付の儀で馬の年歯・毛付等を註記し、また所司代が査定する馬の遅速等を註記する。
  念 人 五日左右乗尻奉幣の際、その祈願を受けそれぞれの必勝を祈念する。
 
 なお、本稿では乗尻以外の役は所役と記述する。所司代に関しては、江戸期の史料には単に「所司」または「所司大夫」と記述されており、「代」とは代官のことと考えられるが、常置の職であったと考えられており、役職上の関係は明らかとなっていない1)。また、現在残っていない所役に別当と馬所がある。別当は本来神前に供える魚鳥などを納めておいたり料理したりすることを司る職掌であるが、神事の介添役を務める役である2)。賀茂競馬において別当は所司とともに行動するのであるが、特に所作はない。馬所は馬の調達や乗尻の袖料等を調達する役であるが、所役とは別に表記する。これらの諸役は、今回取り上げる史料に肩書きとともに名前が明記されており、年齢や役の変遷を追うことができる。その他現在省略された役も含めいくつかあるが、本稿では取り扱わない。