〔翻刻〕

山下水 
   ふたはしらのかみくにのみ 
   はしらをめくりて 
男神 
1あなうれしやうましおとめに 
 あひぬ 
女神 
2あなうれしやうましおとこに 
 あひぬ 
したてる媛 
3あもなるやおとたなはたのうな 
 かせるたまのみすまるのあな 
 たまはやみ谷ふたわたらすあ 
 ちすきたかひこね 
また 
4あまさかるひなつめのえわたら

*頭注「アミ」(墨)

 すせと石川かたふちくに網は

*網―

 りわたしめろよしによし(ママ)石河

*めろよしに―めろよに

 かたふち 
  すさのをのみこと、女とすみ給は

*みこと―みこ

  むとて出雲の國に宮つくり 
  したまふときにそのところに八

*ところ―前

  色の雲のたつを見てよめる 
すさのをのみこと 
5やくもたついつもやえかきつまこめ 
 に八重かきつくるそのやえかきを 
  おほさゝきのみかとの難波つにて 
  みこときこえける時に、東宮を 
  たかひにゆつりて位につきたま 
  はて三とせになりにけれは、王 
  仁といふ人のいふかりおもひて讀 
  てたてまつりける 
王仁 
6なにはつにさくやこのはな冬こ 
 もりいまははるへと咲や此花 
  かつらきのおほきみをみちのおくへ 
  つかはしたりけるときに、國のつか 
  さ事おろそかなりとてまうけ 
  なとしたりけれとすさましか」 
  りけれは、うねめなりける女のか

*うねめなりける女の―ナシ

  はらけとりてよめるなり、これ 
  にそおほきみの心とけにける 
うねめ 
7あさか山かけさへみゆる山の井の 
 あさくは人をゝもふものかは 
   ひとつには 
  そへうたおほさゝきのみかとをそへ 
  奉れるなにはつの哥なるへし 
   ふたつにはかそへ歌 
8さくはなにおもひつくみのあち 
 きなさ身にいたつきのゐるも知すて 
   みつにはなすらへうた 
9君にけさあしたの霜のおきて 
 いなはこひしきことにきえや 
 わたらむ 
   よつにはたとへ哥 
10我戀はよむともつきしありそ 
 海のはまの真砂は讀つくすとも 
    いつゝにはたゝこと歌

*いつゝには―いつゝに

11いつはりのなき世なりせはいか 
 はかり人のことの葉うれしからまし 
    むつにはいわひうた 
12このとのはむへもとみけり幸種の

*このとのは―このとのイのは

 みつ葉よつはにとのつくりせり

*よつはに―よつ葉

ならのみかと 
13立田河紅葉みたれてなかるめり 
 わたらはにしき中やたえなむ 
柿本人丸 
14ほのくと明石の浦の朝きりに 
 しまかくれ行舟おしそおもふ 
山邊赤人 
15和哥の浦に塩みちくれはかたを浪 
 あしへをさしてたつなきわたる 
僧正遍昭 
16はちす葉のにこりにしまぬ心もて 
 なにかは露を玉とあさむく 
在原業平

*在原業平―業平朝臣

17月やあらん春やむかしの春ならぬ 
 わかみひとつはもとの身にして 
  二条の后の東宮のみやす所と

*きこえ―きこゑ

  きこえ ゑける時、正月三日おまへに

*時―時に

  めしておほせ事のあるあいたに、

*事―事の

  日はてりなから雪のかしらに 
  かゝりけるをよませ給ひける 
文屋康秀 
18春の日のひかりにあたる我なれと 
 かしらの雪となるそわひしき 
喜撰法師」 
19わか庵はみやこのたつみしかそすむ 
 世を宇治山と人はいふなり 
小野小町

*小野小町―小町

20色見えてうつらふものは世中の 
 ひとのこゝろのはなにそありける 
そとおり媛 
21わかせこかくへきよひなりさゝかにの 
 くものふるまひかねてしるしも 
大伴黒主 
22かゝみやまいさたちよりて見てゆ 
 かんとしへぬる身は老やしぬると 
紀友則 
23花の香を風のたよりにたくへてそ 
 うくひすさそふしるへにはやる 
貫之 
24むすふ手のしつくにゝこる山の井の 
 あかてもひとにわかれぬるかな 
みつね

*みつね―凡河内躬恒

25はるの夜のやみはあやなし梅の 
 花色こそ見えねかやはかくるゝ 
忠峯

*忠峯―壬生忠峯

26在明のつれなく見えし別より 
 あかつきはかりうきものはなし 
 春立ける日よめる

*春立ける日よめる―ナシ

元方

*元方―在原元方

27年のうちに春は來にけりひ 
 とゝせをこそとやいはむ今年とやいはん」 
つらゆき 
28そてひちてむすひし水のれる(ママ)

*れる―こほれる

 はるたつけふのかせやとくらむ 
よみひとしらす 
29をちこちのたつきもしらぬ山中に 
 おほつかなくもよふことりかな 
30わかゝとにいなおほせとりのなくなへに 
 けさふく風にかりはきにけり 
  むさしの國としもつふさの國の中に

*國の―くにとの

  あるすみた河のほとりにいたりて 
 都のいとこひしうおほえけれは、 
  しはし川のほとりにおりゐて、思ひ 
  やれはかきりなくとをくもき 
  にけるかなとおもひわひてなか 
  めをるに、わたしもりはや舟にのれ 
  日もくれぬといひけれは舟にのりて

*のりて―のりとて

  わたらんとするに、みな人ものわひ

*わたらんとわたらん

  しくて京におもふ人なきに

*なきにしも―なくしも

  しもあらす、さるおりにしろき 
  鳥のはしとあしのあかきかはの

*あそひけり―あそひけけり

  ほとりにあそひけり、京には見 
  えぬとりなりけれはみなひと 
  見しらす、わたしもりにこれは 
  なにとりそとゝひけれは、これ」

*「そ」ニ重書(判読不能)

  なむみやこ鳥といひけるを 
  聞てよめる 
業平朝臣

*業平朝臣―なりひら

31名にしおはゝいさことゝはむ都鳥 
 わかおもふ人はありやなしやと 
   をかたまの木 
紀のとものり 
32みよしのゝよしのゝたきにうかひ 
 出るあはをかたまのきゆと見つらん 
   かはなくさ 
ふかやふ 
33うはたまの夢になにかはなくさまん 
 うつゝにたにもあかぬこゝろを

*あかぬ―あはぬ

   さかりこけ 
としはる 
34はなの色はたゝひとさかこけ

*ひとさか―ひとさかり

 れともかへすくそ露は染ける 
   題不知 
讀ひとしらす 
35郭公なくや五月のあやめくさ 
 あやめもしらぬ戀もするかな 
36夏虫の身をいたつらになす事も 
 ひとつおもひによりてなりけり 
37こひくてまれに今夜そ逢坂 
 のゆふつけとりはなかすもあらなむ 
38なかれては妹背の山の中に 
 おつるよしのゝ河のよしや 
 よのなか 
  喜せん法師、我いほはの哥 
  は前に見えたり 
よみひとしらす 
39いさこゝにわか世は経なんすか 
 はらやふしみのさとのあれま 
 くもをし 
40わかいほはみわのやまもとこひ 
 しくはとふらひきませすきたてる 
かと 
41あれにけりあはれいくよの宿な 
 れやすみけむ人のおとつれもせぬ

*おとつれも―おとつれは

  ならへまかりけるときに、あれたる 
  家に女の琴ひきけるを聞て 
  よみていれたりける 
良峯宗貞 
42わひ人のすむへきやとゝ見

*見るからに―見るなへに

 るからになけきくはゝる琴の

*くはゝる―とはゝる

 ねそする 
  はつせにまうする道になら 
  の京にやとれる時に讀る 
二条 
43ひとふるすさとはいとひて 
 こしかともならの都もうきな 
 なりけり 
たいしらす よみ人しらす 
44よのなかはいつれかさしてわかな 
 らんゆきとまるをそやとゝ 
 さたむる 
45逢坂のあらしのかせはさむけ 
 れと行ゑしらねはわひつゝそぬる 
46風のうへに 
  ありかさためぬちりの身は 
   行ゑもしらす 
    なりぬへら也 
   冬の賀茂のまつりの歌 
藤原敏行朝臣 
47ちはやふるかものやしろの 
  姫小松萬世ふとも 
   色はかはらし」 
  
 (約三行分空白) 
  
  陽神陰神のうましと唱へ 
  給ふ、是和哥の始めとも云な 
  るへし、下照姫の言を永ふし、

*言を―言葉を

  素盞烏尊のの三十一字に定

*素盞烏尊のの―素盞烏尊の

  給ひしより、出雲の國の守なる 
  人はひとり此道を玩ひ給ふへ 
  き事にこそ、侍従綱隆君ま

*頭注「越前一族出雲國松江城/

  た御親にそひましくける比

  主二代侍従従四位下/

  より、しきしまの道をたしみ

  兼出羽守源綱隆」(朱)

  和哥の浦の玉藻をかきあつ 
  め給ふ、今此一巻は、神歌に 
  始て二聖六哥仙まても 
  らさすしるし給ひ、山下水 
  と名つけて几上の珍玩とな 
  し給ふ、古今の序の言葉 
  にもとすき給ふなるへし、つ 
  らくその餘の意を拾ふに、 
  山と水とは仁智の人のこのむ 
  ところなりと壁のうちより 
  もとめ出たりし文にもしるさ 
  れけるとそ、仁者は義理おも 
  くしてうつらさる事山に」 
  にたり、智者は事の理滞 
  なく流て水ににたり、この 
  二品にて国をゝさめ民をめ 
  くみ給ふ事、なにかかくるこ 
  と有ぬへし、人のもとめふ 
  せくによしなくおよはすな 
  から臨書し侍る事、かつは 
  おそれかつはやさしくて硯 
  の海のかはくまてよしあし 
  原の末の世のそしりをもわ 
  きまへす、つたなき筆を染、是

*染―染て

  を後序となし侍る者也、時 
  に元禄戊寅年陽復の 
  月穀旦 
 養法尼識焉

*養法尼識焉―ナシ

 (朱印A)(朱印B)」

*二種ノ朱印ナシ