手錢家は、酒造業を中心に商業を営みつつ、特に松江藩や出雲大社とも深いつながりを有していたが、そのことが同家の人々が教養を培った基盤となっていると思われる。その蔵書は、代々引き継がれながら蓄積されたものであり、蔵書印や書き入れが多く、また蔵書目録を作成して整理点検を行うなど、自家の蔵書として守り伝えるという意識が顕著に認められる。そして最大の特色は、この蔵書が手錢家歴代の人々の文芸活動と表裏一体の関係にあることである。そこからは更に、手錢家の周囲に位置する出雲の歌壇、俳壇の動き、また散文文芸を享受する人たちのありようまでを窺うことができるのである。
〔付記〕
本報告は、国文学研究資料館編『調査研究報告』第33号(二〇一三年三月)に発表した同題の旧稿をもとに、その後の研究で明らかになった内容を加えて改稿したものである。
プロフィール◆
たなか・のりお 一九六三(昭和三十八)年、鳥取県生まれ。
京都大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は日本近世文学、特に近世中後期の小説。島根大学赴任以来二十年以上にわたり、山陰地域の古典籍資料の調査研究に取り組んでいる。現在、 島根大学法文学部山陰研究センター企画室長を兼任。