解題・説明
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小島鹿之助は、明治八年に東京で近藤勇の写真を買った。この写真をもとに、鹿之助は土方歳三の甥の力三郎に、近藤勇肖像画(油絵)の作成を依頼した。油絵は明治十八年に完成した。近藤の写真は二枚あったが小島家で入手したものは、腕を前に組んだものだった。そのため近藤家の家紋が見えない。力三郎は、葵の紋を崩したような家紋を描き、絨毯に座っていた近藤を座布団に座らせている。力三郎は嘉永六年生まれであるから、明治十八年には三十三歳であった。力三郎は、横浜で活躍していた五姓田義松から洋画を学んだ。五姓田の師は、英人のチャールズ・ワーグマンである。力三郎は写真画家として活躍したらしいが、その詳細はほとんど不明で、画家としても名前が残っていない。日野の佐藤家や土方家にある肖像画は、鉛筆で描いたもので、油絵は小島資料館蔵、一点のみである。小野路の橋本家には力三郎の描いた土方歳三が椅子に腰かけた全身像の油絵があったが、昭和二十年五月の空襲で焼失した。力三郎は大正五年十月一日に没した。
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