(平成24年2月23日 国登録有形文化財)相生町1丁目119番地19
明治44年(1911)白砂青松の風光明媚(ふうこうめいび)な中崎海岸に建てられた明石市内最古の公共施設です。設計・監督は旧明石郡出身で当時奈良県技師であった加護谷裕太郎(かごやゆうたろう)、東大寺大仏殿の修理も担当しています。奈良・鎌倉時代の建築様式を取り入れるとともに、木造トラス構造を採用し、柱をもたない大規模な大広間を構築しており、建築技術史的にも貴重です。柿落(こけらお)としに当時朝日新聞社に勤めていた夏目漱石(なつめそうせき)が招かれ講演しました。昭和58年(1983)に大改修を行い、建築当時の姿に整備されています。【マップ東12】