二見町東二見1910
創建は不詳(ふしょう)ですが、天正(てんしょう)元年(1573)に天巌(てんげん)禅師によって再興され、東二見全体の菩提寺となったため、「親寺」、「大寺(おおてら)」と呼ばれています。境内には二見三義人、二見築港の提唱者増本忠兵衛の墓などがあります。裏庭の「蘇鉄(そてつ)*」は樹齢400年を超えるといわれています。
江戸時代には寺子屋が開かれ、明治の学制発布でこの寺に双見小学校が開校されました。その後、西二見の威徳院の双鑑(そうがん)小学校と統合、現在の二見小学校の前身が誕生しました。【マップ西21】
*市指定文化財