明石市では、1960年代に入り、播磨臨海工業地域の一端を担うことになり、また近畿圏の衛星都市として発展し始め、まず工場や住宅の用地の一部として埋め立てられました。1970年以降、人口がさらに増加し、学校や公共施設、道路などの新設や整備の用地として転用されていきました。明石市におけるため池跡地は、工場→住宅→学校・道路などの公共用地へという推移をたどっています。
このように、都市化が一段と進展する中、何百年の歴史を持ついなみ野台地のため池は、大きく変貌してきたのです。
近年、ため池は本来の役割である農地の水を確保する供給源であることはもとより、洪水の調節や親水公園としての役割だけでなく、水にまつわる伝説や文化などが地域の文化遺産としてのため池に関心が高まりつつあります。
■かいぼり(小学生とため池協議会)